既製親子台木のパイオニア
高品質な台木の製造で
印章業界に尽くさせていただき77年

弊社のあゆみ

印章業界の為に尽くさせて頂く

戦後の混乱がまだ続く昭和23年、初代である故・長谷川静馬が合資会社 長谷川木工所を設立したのがはじまりです。
手先が器用だった長谷川は戦時中、仲間の兵士が給料の受け取りに必要なハンコが無く困り果てていたのを見かねて、見よう見まねで木材に名前を彫り兵士達に配っていました。

この経験が印章業界への参入のきっかけとなり、終戦後埼玉県川越市の印章店のもとで修行を積み印章彫刻の技術と知識を身に付け現在の東京都荒川区に住居を構え、コツコツと印章店起業の準備を進めました。

しかし終戦直後と言う事もありゴム印台木となる木材が大変入手困難な時代でした。 あるときはミカンの木箱、リンゴの木箱を分解して台木として代用していた実に辛い時代だったのです。

そこで長谷川は「印章業界のために印章店ではなく台木屋を始める」決意をし、長谷川木工所を起ち上げました。

会社設立当時は川越の玩具工場でケヤキ材を加工してもらい、それを長谷川とその妻俊子と二人で大きなリュックサツクに詰め込み、二人で木材の重量に耐えながら埼玉県川越市と東京都荒川区という長い道のりを数え切れない程、蒸気機関車に揺られながら往復し、販売の繰り返しを続けました。そうした努力から始まった木工所はやがて従業員、お得意様を徐々に増やし株式会社はせがわとして現在に至ります。

77年経た現在、創業者の「印章業界の為に尽くさせて頂く」精神は今も尚、 株式会社はせがわの精神的支柱となっています。

弊社のあゆみ

印章業界の為に尽くさせて頂く

戦後の混乱がまだ続く昭和23年、初代である故・長谷川静馬が合資会社 長谷川木工所を設立したのがはじまりです。
手先が器用だった長谷川は戦時中、仲間の兵士が給料の受け取りに必要なハンコが無く困り果てていたのを見かねて、見よう見まねで木材に名前を彫り兵士達に配っていました。

この経験が印章業界への参入のきっかけとなり、終戦後埼玉県川越市の印章店のもとで修行を積み印章彫刻の技術と知識を身に付け現在の東京都荒川区に住居を構え、コツコツと印章店起業の準備を進めました。

しかし終戦直後と言う事もありゴム印台木となる木材が大変入手困難な時代でした。 あるときはミカンの木箱、リンゴの木箱を分解して台木として代用していた実に辛い時代だったのです。

そこで長谷川は「印章業界のために印章店ではなく台木屋を始める」決意をし、長谷川木工所を起ち上げました。

会社設立当時は川越の玩具工場でケヤキ材を加工してもらい、それを長谷川とその妻俊子と二人で大きなリュックサツクに詰め込み、二人で木材の重量に耐えながら埼玉県川越市と東京都荒川区という長い道のりを数え切れない程、蒸気機関車に揺られながら往復し、販売の繰り返しを続けました。そうした努力から始まった木工所はやがて従業員、お得意様を徐々に増やし株式会社はせがわとして現在に至ります。

77年経た現在、創業者の「印章業界の為に尽くさせて頂く」精神は今も尚、 株式会社はせがわの精神的支柱となっています。

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